学習障害(LD)の当事者として、体感していること
学習障害、という名前を聞いたことがありますか?
学習障害の定義
旧文部省が1999年に定義した学習障害の定義は、これです。
聞く、話す、読む、書く、計算する又は推論する能力のうち特定のものの習得と使用に著しい困難を示す様々な状態を指すものである。
学習障害は、その原因として、中枢神経系に何らかの機能障害があると推定されるが、
視覚障害、聴覚障害、知的障害、情緒障害などの障害や、環境的な要因が直接の原因となるものではない。」
1981年のアメリカ合衆国、学習障害に関する連邦合同委員会報告の定義はこれです。
そのような問題は、生まれつきの中枢神経の働きの障害によるものと考えられる。
学習障害は、他のハンディキャップ(たとえば、感覚の障害、精神遅滞、社会性や情緒の障害など)や
不適切な環境(文化的な違い、望ましくない教育など)からも生じるが、
そのようなハンディキャップや環境から直接生じるものではない。
うん。ちょっと難しいですね。簡単にリスト化しましょう。
少し分かりやすくなったでしょうか?
具体例:「計算する」に障害がある場合
例えば、IQは平均的であるけれども、「計算する・推論する」に障害がある人がいたとしましょう。
その人は、こういった感じに過ごすことになるかと思います。
もちろんこれは、二次障害などがなかった場合で、私が考えた架空の症例です。
みずき@精神科医の場合
「当事者として」と書くからには、もちろん私自身の学習障害のことを書きます。
英語が、飛び抜けてできませんでした
私の頭の中は、常に英語ができない理由を考えていました。
それでもいつか、英語ができるようになるはず
私は諦めが悪かったので、大学生になっても、社会人になっても英語をやりました。
ドイツ語はそこまで苦手にならなかったから、言語学から攻めたらどうか
言語学を学ぶ上で、黒田龍之助先生という、言語学の面白い先生を見つけたので、その本を読みあさったり。
黒田龍之助
こんな本を買ったり。でも、言語学は面白くなったけど、単語を覚えられるかはまた別。
アルファベットになった途端に学習障害が発動する
思えば、化学式を覚えるのも得意ではありませんでした。
ただし、英語よりはドイツ語の方が少し得意かなって思えていました。
いろいろ考えて、気がついたことは。
でした。
答えをくれたのは、この本でした
児童青年精神医学会に行ったときに目に止まった本。
この中に書いてあった私に必要なことを端的にまとめると。
あれ?あれ?私、これじゃん!!
わかると、スッキリする
もちろん、アルファベットLDだと分かったからと言って、
人並みに英語がわかるようになりたいと思ったら、ひたすら鍛錬
であることには変わりないのです。
でも、そういう自分を受け入れることで、追い詰めなくなりました。
まとめ
LDセンターというのは、学習障害について非常に細かく調べてくれます。
ただ、ここで調べられても私の学習障害が見つかったかは分かりません。
「医師になれる」というところをクリアしていれば、誰もそんなことは思わないから。
でも、今でもこれだけのコンプレックスを抱えている。
「できない」ことを「本人の努力不足」だけに帰結しないでほしいなあ、と願うばかりです。